大阪市立大学大学院創造都市研究科都市政策専攻都市共生社会研究分野

co-existing.com
共生社会研究分野
修士課程 博士課程 フォーラム・シンポジウム お問合せ
予定表 教員紹介 リンク メンバー専用
 トップページ > 教員紹介 > 柏木宏 > 論文

「米最高裁のアファーマティブ・アクション判決」

大阪市立大学大学院創造都市研究科
教授 柏木宏

アメリカの人権擁護政策のなかで、最も賛否両論が激しく対立しているものといえば、アファーマティブ・アクションだろう。このアファーマティブ・アクションに関して、連邦最高裁は六月二十三日、ふたつの判断を示した。ミシガン大学の法科大学院と学部の入学試験におけるアファーマティブ・アクションに関する判決である。
いずれもアファーマティブ・アクションによって不利益を受けたと主張する、志願者によって起こされた裁判だ。判決は、法科大学院については合憲だが、学部に関しては違憲とした。一見、矛盾した判断のようにみえる。しかし、ふたつの判決を総合して検討すると、アファーマティブ・アクションに関する最高裁のガイドラインが示されたとみることもできる。
今回の判決は、教育のアファーマティブ・アクションに関して四半世紀ぶりの本格的な最高裁判断といわれた。判決前には、ふたつとも違憲とされ、アファーマィブ・アクションが廃止の道に追いやられるのでは、という懸念もあった。しかし、最後の一歩が守られたといえる。ここでは、アファーマティブ・アクションの沿革と概要を説明したうえで、今回の判決の内容を吟味するとともに、判決に対する各界の意見を紹介していく。そのうえで、今後のアファーマティブ・アクションの展望について検討してみたい。

 

アファーマティブ・アクションの沿革と概要

 アメリカにおけるアファーマティブ・アクションは、一九六五年のジョンソン大統領による大統領行政命令一一二四六号によって始まった、といわれることが多い。しかし、これ以前に、ケネディ大統領が一九六一年三月、大統領行政命令一〇九二五号を公布。雇用機会均等委員会を設置するとともに、雇用において人種差別をなくすために、アファーマティブ・アクションを採用するよう連邦政府の事業契約者に求めている。
  ジョンソン大統領が行政命令を公布する前年の一九六四年、人種、肌の色、宗教、出身地を理由にした差別を禁止する、公民権法が成立した。だが、同大統領は、差別を禁止しただけで問題が解決するとは考えなかった。長年にわたる差別の影響を断ち切るには、積極的な解消策が必要だというのである。これがアファーマティブ・アクションの基礎になった考えだ。
  アファーマティブ・アクションは、しばしばクウォータ(割当制)と混同されることがある。人種構成を考慮して、という言い方が原因にあるのかもしれない。だが、アファーマティブ・アクションは、白人七〇%、黒人一三%、ヒスパニック系一三%、アジア系三%、先住民族一%といった特定の割合の採用や入学を求めるものではない。
  現状分析と目標値、そして実施計画。この三点がアファーマティブ・アクションの現実の運営のカギである。現状分析とは、全米または特定の地域の人種構成と現実の従業員や学生の構成を比較することだ。そして、比較した際に存在するギャップを埋め合わせる目標値を定める。最後に、目標値を達成するために実施する計画と時期を示すのである。
  例えば、A市で事業を行うB社の雇用問題で考えてみよう。A市の人口構成は、白人四〇%、黒人二五%、ヒスパニック系二五%、アジア系一〇%とする。これに対して、B社の従業員は、白人七〇%、黒人五%、ヒスパニック系五%、アジア系二〇%としよう。このため、B社は、黒人とヒスパニック系を五年間で一五%ずつにすることを目標に実施計画を立てるということが考えられる。
  なお、アファーマティブ・アクションには、三つの種類がある。ひとつは、政府の事業契約者や補助金を受けた機関への義務条項としての措置だ。もうひとつは、裁判の結果、企業などに命じられるもの。最後に、企業などが自主的に行うアファーマティブ・アクションがある。今回のミシガン大学の裁判は、政府の事業契約者や補助金を受けた機関への義務条項に絡むものだ。
  政府の事業契約者や補助金を受けた機関への義務条項に絡むアファーマティブ・アクションは、雇用、教育、事業委託の三つの分野で行われている。雇用とは、従業員の採用や登用などが問題になる。教育は、大学や大学院の入学についてである。事業委託とは、事業実施に当たりマイノリティや女性が経営する企業に下請けにだすことをいう。

 

ミシガン大学の裁判

 前述のように、六月に連邦最高裁が判決をだしたミシガン大学の裁判は、法科大学院と学部のふたつのアファーマティブ・アクションをめぐって起されたものだ。以下、それぞれの裁判の焦点と経過をみてみよう。
  法科大学院の裁判で、連邦地裁は、二〇〇一年三月、原告のバーバラ・グラッターさんの訴えを認め、大学院のアファーマティブ・アクションが公民権法と憲法に違反する、という判断を示した。これに対して、大学側は、直ちに控訴。二〇〇二年五月にだされた第六巡回控訴裁判所の判決では、一転して合憲とされた。
  一方、学部のアファーマティブ・アクションに関する裁判は、逆のコースをたどった。すなわち、二〇〇〇年十二月にだされた連邦地裁の判決は、大学の措置を違憲と判断。このため、原告のジェニファー・グラッツさんとパトリック・ハマチャーさんは、第六巡回控訴裁判所に控訴した。なお、地裁判決では、原告が入試を受けた一九九八年度の措置を違憲としたものの、一九九九年度と二〇〇〇年度のアファーマティブ・アクションは、合憲としていた。
  このように法科大学院と学部という違いはあるものの、ひとつの大学のアファーマティブ・アクションに関して、裁判所が次々と異なった判決をだしたこともあり、連邦最高裁は、最高裁として判断することを決定。一九七八年のバッキー裁判以来、四半世紀ぶりの教育におけるアファーマティブ・アクションをめぐる最高裁判決がだされることになり、全米の関心が集まった。
  法科大学院の裁判に関して、連邦最高裁は、九人の判事のなかで意見が真っ二つに割れた。多数派となった五人の判事は、大学院のアファーマティブ・アクションを合憲とした。バッキー裁判と同様、学生の選考にあたりマイノリティであることを「プラス」とすることが認められることと、大学院の人種的多様性を確保するために限定的に用いられているという判断されたためだ。
  一方、学部の裁判では、六人の判事が違憲とみなした。合憲と判断したのは、三人にすぎなかった。法科大学院と異なる判決になった最大の意理由は、学部のポイント・システムだ。ミシガン大学の学部は、志願者の画高校時代の成績や標準試験の結果、小論文などさまざまな要素に、それぞれ最大のポイントを定めていた。合格するには、各要素の合計百五十ポイントのうち、百ポイント以上が必要になる。
  法科大学院でも同様の要素が判断材料にされている。しかし、これらの要素をポイント化せず、総合的に判断していた。しかも、学部では、マイノリティの場合、自動的に二〇ポイントが加算される。このポイントは、統一試験と小論文で最もよいポイント合計したものよりも多いものだ。学部では、志願者が膨大な人数のため、総合的な判断が困難で、ポイント化したと主張していた。
  法科大学院の判決でキャスティングボートを握った、サンドラ・オコナー判事は、ふたつの裁判の相違について、次のように述べている。
  「法科大学院は、志願者を個人ごとに扱っているうえ、人種を判断材料のひとつにしているにすぎない。しかし、学部のアファーマティブ・アクションは、志願者の人種が決定的な要素になるような機械的なシステムになっている」

 

最高裁判決に対する反応

 ふたつの裁判のうち一方を合憲とし、他方を違憲とした、最高裁判決。一見すると、痛み分けである。しかし、人種を入学基準のひとつとすること自体が違憲とされなかったため、アファーマティブ・アクションは存続することになった。事実上、アファーマティブ・アクション擁護派の勝利、反対派の敗北といえる。判決後の反応も、この事実を如実に示した形になっている。
  最大の当事者である、ミシガン大学のマリー・スー・コルマン学長は、「今回の判決は、ミシガン大学、高等教育に関わる人々、ならびに大学を支援してきた多数の団体や個人にとって、重要な勝利である」と述べた。「最高裁の過半数の判事が大学の多様性の原則を明確に支持した」からだ。
  ミシガン大学の裁判で原告の弁護を担当しているのは、個人の権利センター(CIR)という保守的な法律団体である。判決に対してCIRは、目標を達成できなかったことを認めたうえで、今後、新たな裁判を起こす可能性を示唆した。
  また、法科大学院の裁判で少数派になった判事のなかからも、不満の声がでている。ウイリアム・レンキスト判事(最高裁長官)は、大学院の選考方式により黒人やヒスパニック系の入学者がほぼ人口に比例しているとして、人種に基づき選出した巧妙な手法と批判。唯一の黒人判事で、超保守といわれるクラレンス・トーマス氏は、最高裁が人種に基づく選考方式を否定する「勇気」をもたなかったと述べている。
  今回の判決が注目された理由のひとつは、来年の大統領選挙でアファーマティブ・アクションが争点になる可能性があったことがある。前回の選挙でマイノリティ票のごく一部しか獲得できなかったブッシュ氏にとって、黒人やヒスパニック系の票をえるためには、アファーマティブ・アクションに積極的な姿勢を示す必要があった。しかし、この姿勢を公然と示せば、基盤である保守派の離反を招きかねない。
  最高裁がミシガン大学の裁判の上告を認めた直後から、アファーマティブ・アクションの擁護派と反対派は、それぞれの立場からブッシュ大統領に圧力をかけた。結局、大統領は、アファーマティブ・アクションにやや否定的な立場を打ち出した。しかし、判決に対しては、大学の人種的多様性と法の下の平等というふたつの問題に注意深くバランスをとった内容だと述べた。
  今回の裁判には、経済界からも注目が集まった。教育におけるアファーマティブ・アクションの問題とはいえ、その結果は、企業の政策にふたつの形で影響を与える可能性があるからだ。ひとつは、最高裁の判断が企業のアファーマティブ・アクションの解釈に応用されることである。
もうひとつは、企業がアファーマティブ・アクションを進めるには、大学から有能なマイノリティが排出されてこなければならないことだ。例えば、判決に対して、デンバーに本部を置く山間諸州経営者評議会のアファーマティブ・アクション担当者は、「大学の教室にマイノリティや女性がいなければ、雇用者である我々は、優秀なマイノリティや女性の労働力を獲得できない」と述べている。
現在、アメリカの大手千社のうち四分の三は、なんらかのアファーマティブ・アクションのプログラムをもっている。きっかけの多くは、一九七〇年代から八〇年代にかけて起こされた雇用差別訴訟である。しかし、いまでは、経済のグローバル化やマイノリティの経済的パワーの拡大にともない、優秀なマイノリティ従業員の獲得がビジネスの成功に必須という認識に変わってきた。

 

アファーマティブ・アクションの将来

 一九九七年十一月、カリフォルニア州で提案二〇九号が成立し、州政府によるアファーマティブ・アクションが禁止されることになった。翌年の十二月には、ワシントン州でも同様の提案が成立。さらに、二〇〇〇年二月には、フロリダ州議会が大学の入試においてアファーマティブ・アクションを採用することを禁止する法律を制定した。
  今回の最高裁判決は、こうした一連のアファーマティブ・アクション廃止の動きにストップをかけたことになる。のみならず、アファーマティブ・アクションの復活の機運も高めている。例えば、ブッシュ大統領のお膝元であるテキサス州では、五万人の学生をもつテキサス大学オースチン校のラリー・ファイルナー学長が、二〇〇四−〇五年度から人種を考慮した入試制度をスタートさせる考えを表明、注目を集めた。
  オースチン校でアファーマティブ・アクションが復活すれば、テキサス大学の他校にも波及が必至とみられる。テキサス大学全体の学生数は、十七万人。ここでアファーマティブ・アクションが復活すれば、全米的な動きが加速するだろう。なお、テキサス州では、ブッシュ大統領が知事時代に高校の成績がトップ一〇%の志願者はすべて入学させるという「人種盲目政策」を採用している。
  すでに述べたように、連邦最高裁は、志願者を個人ごとに扱うのであれば、人種を判断材料のひとつにしてもよいと判断した。しかし、これは、極めてコストが高い方法を要求していることでもある。例えば、ミシガン大学の学部の志願者は、二万五千人にのぼる。「機械的なシステム」と批判された方法でも、二十人の職員が対応しなければならない。そのコストは、年間四百五十万ドルにのぼる。
  カリフォルニア大学では、学部でもミシガン大学の法科大学院のような個人ごとの審査方式を採用。学業成績が全体で一万五百ポイントを占めるが、指導性、経済的困難さなどを最大三千五百ポイントで評価する。デービス校の場合、三万二千五百人の志願者に対応するため、百八十人もの職員が作業に従事。こうした努力により、黒人とヒスパニック系の新入生の割合は、一九九八年には一六・七%に落ち込んだが、二〇〇三年には一九・八%に増加した。

 ミシガン大学の法科大学院の裁判で、多数派の判決文を書いたオコーナー判事は、「人種に基づく入学制度は限定された期間のみ用いられるべきだ」としたうえで、「今後二十五年の間に、人種優先策が不必要になると期待している」と述べた。
  アファーマティブ・アクションの導入からはや四十年がたとうとしている。過去の差別の影響に着目した政策である以上、未来永劫に続くべきではない。しかし、過去の差別は、断ち切られたのではなく、再生産されていることも事実だ。
オコーナー判事は、二十五年間という数字を目標として提示した。限定的なアファーマティブ・アクションや「人種盲目政策」により、差別の再生産を押し止めることができるかどうか。最高裁判決は、この問いに回答する第一歩を、アメリカ社会に対して踏み出すよう求めたことになったといえよう。


▲このページのトップへ

 

共生社会研究分野